学生時代からウロウロしている神保町

神保町

今日のお昼は、SRTの友達と神保町で、この地球での人生についての打ち合わせランチをしていました。笑

一番好きな街は、と聞かれたら

神保町、と答えます。

神保町をウロウロし出したのは、中学生の頃で、当時一緒にギターを始めた友人F.Iと、「神田行こう!」と言ってよく来ていました。

私は、東京足立区の西新井というところに生まれ住んでいて、その頃どうやって神保町に来ていたか覚えていませんが、おそらく西新井から東京駅北口行きの都バスで、お茶の水あたりで降りていたのでしょう。

書店ではなく楽器店しか興味がなかったのですが、お茶の水から駿河台下までのすべての楽器店を見て歩いたのです。

そして、駿河台下から靖国通りを右へ、書店が軒を連ねる前を歩き、現在書泉グランデがある角を入り、神保町の最も雰囲気がある商店街すずらん通りへ。ここに当時、古道具屋さんが2店あり、中古楽器がいくつか置いてあって、このお店がとても面白かったのです。

でも、決してこのお店で何か買うわけではなく、ただ、この神保町という街を徘徊することが楽しかったのです。
今もそうですが、楽器店はお茶の水から駿河台下までの間に集中していましたので、わざわざ神保町エリアまで坂を降りて来たのは、この街を歩いていたいと言う理由だったのでしょう。

私と、友人F.I(彼とはその後バンドを組んで、彼はBassとなりました)は一通りの楽器店を見尽くすと、神保町交差点を水道橋方面へ少し歩き、必ず「松屋」の、しかも牛丼ではなく親子丼を食べて帰るという、定番の行動を取るのでした。必ずです。
その松屋も今はありません。

神保町歩きは、私と友人F.Iにとっては、大切な遊びとなったのです。

彼とは楽器を一緒に買ったわけでもありません。ただ、見て歩いただけです。

友人F.Iは、その頃自分のギターをすでに持っていて、その後、私もお茶の水の石橋楽器店に父親と一緒にいき人生初めてのギターを持つことになります。中2の頃でした。

私と、F.Iはこの街の雰囲気に惹かれて来ていた事は明らかです。
もちろん、楽器店でいろいろなギターを見たかったのは確かですが、それよりただ神保町を歩きたかったという事でしょう。

この街には大学生が多かったし、私たちが憧れていた、シンガーソングライター(その頃はフォークシンガーでした)たちは10歳くらい年上の兄さんたちだったので、この街をウロウロするだけで、何かフォークシンガーの人たちに近づいた気になれたんだと思います。

自分も、大学行くならこの神保町に近い場所が絶対条件ということで、結局歩いて神保町まで来れる大学に通いました。

現在の神保町駅A7出口を出ると、私が一番好きだった路地が始まります。
有名な喫茶店「さぼうる」があるところです。今は行列ができる人気店ですが、私、学生の頃何度か入っていました。
ここから、現在、ホットケーキで有名な「TAM TAM」、JAZZ喫茶「BIG BOY」を抜けて、今日のお昼は、カフェ「古瀬戸珈琲店」に立ち寄りました。

写真:懐かしい感じの味シフォンケーキ

ここから、丸太の腰掛けの居酒屋「兵六」の角を、書泉グランデがある道路を一本渡って、この路地は三省堂書店の裏口のところまで続きます。

この三省堂書店までの間にも、当時、独特な雰囲気のあるお店がいくつもあって、「ラドリオ」、「ミロンガ」「チャボ」、どれも大人しか来ないお店なのでしょうが、私は何も知らず、学生の分際で当時入ってコーヒー飲んでいました。

現在、三省堂書店は大規模工事中でした。どんなのができるのでしょうか。

写真:ビールとアルゼンチンタンゴのお店「ミロンガ」があった場所。入口の煉瓦造りが当時のままです。

ミロンガは移転していました。
現在の場所は、元は「ラドリオ」というお店があったところでしょうか。

そんなわけで、もう50年近く、私はこの神保町をウロウロしています。
いつも一人でしたが、今日はSRTのスピリチュアル友達がいます。

サラリーマン時代も、都内でどこか行こうかと言うと、この神保町に来ました。
無職だった時も、お金がだんだん減ってきていたので、交通費を浮かすために埼玉から自転車で神保町に来ました。
予算500円だけ持って、コーヒーだけ飲んで、プレアデスの本や、神との対話、聖なる予言とか読んで帰る、みたいなことやってました。笑
無職時代を楽しんでいましたね。

神保町は、結構広いエリアで楽しい街です。
古書店街から見て靖国通り反対側のエリアも、大好きです。

今日は、話に夢中になり写真をほとんど撮っていませんでした。
お昼食べて、また帰ってから楽天市場の商品登録作業が待っています。

神保町は、またの機会に書きます。

写真:神保町駅A7出口出たところの路地

 

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